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公益財団法人 NEC C&C財団

 

今年のC&C賞表彰式典から

江村 克己
日本電気(株)執行役員・中央研究所長
NEC C&C財団 審査委員

11月27日に開催された今年のC&C賞の表彰式典について審査委員の立場からレポートします。今年は、“コヒーレント光ファイバ通信システムの高度化に関わる先駆的・先導的貢献“で東京大学の菊池和朗教授、東北大学の中沢正隆教授が、“統計的学習理論の構築ならびに高性能かつ実用的な学習アルゴリズムの発明に関わる貢献“でウラジミール・バプニック博士が受賞されました。  

C&C賞は“C&C技術分野、即ち情報処理技術、通信技術、電子デバイス技術、およびこれらの融合する技術分野の開拓または研究、あるいはこの分野の進歩がもたらす社会科学的研究活動に関し顕著な貢献のあった方を顕彰する“と規定されています。今年の2件の受賞案件は、将にC&C領域での進展に多大な貢献をしたものといえます。  

ComputerとCommunicationの真の融合が進み、これらを合わせたICT技術が社会課題の解決の鍵となる例が多数出てきています。ビッグデータによる新たな価値創造も重要になっています。授賞式のディナーパーティーで挨拶された来賓の情報処理学会会長 喜連川優先生(国立情報学研究所(NII)所長)が、お話の中で、ビッグデータの世界が到来した現在において、今回の受賞案件が持つ意味を的確にお話されました。 NIIは学術情報ネットワークの実運用をしています。2011年4月に運営を開始したSINET4の基幹回線では、当時最速の40Gb/sのラインを導入しました。しかし暫くして、米国、欧州の学術ネットワークでは100Gb/sのラインが導入され、SINET4は見劣りする状況になってしまったとのことです。NIIの次期ネットワークでは400Gb/s、可能なら1Tb/sの導入を検討したいとのことでした。海外とのリンクも大容量化したいとのことでしたが、これらのことを可能にするのが今回受賞のコヒーレント光ファイバ通信技術です。新しい技術のパラダイムがこれまで不可能と思われていたことを可能にしているのです。  

このようなトラヒック増の背景にあるのが、情報処理のクラウド化とスマートホンのための様々な新たなアプリケーションの出現です。大量のデータをクラウドに集めることで、ビッグデータの活用が可能になってきました。ビッグデータ解析を支える機械学習の領域で、その基盤として多くの研究者がよりどころとしているのがバプニック博士のつくり上げたSVM(Support Vector Machine)理論です。SVMの論文の引用件数には目を見張るものがあり、如何にこの技術が多くの研究者のバイブルとなり、使われているかがわかります。ビッグデータによる新たな価値創出を支えるコア技術になっていると言えます。このように昨今の社会の変化になくてはならない技術を、コンピュータとコミュニケーションの両面から選定し、表彰したのが今年のC&C賞であるというのが喜連川先生の評でした。審査委員のひとりとして、とても嬉しくなるとともに、とてもありがたい挨拶でした。  

個人的なことになりますが、私は菊池先生の最初の卒論生のひとりです(正確には菊池先生が講師となった大越・菊池研究室の卒論生でした)。当時は、コヒーレント光通信の真の黎明期で、光で位相を利用した通信を行うことについて賛否両論があり、どちらかというと異端視されていたように思います。コヒーレント光通信による性能向上は誰もが認めてましたが、実用性で課題ありと思われていたのです。そんな中で菊池先生は研究を続け、デジタル信号処理の進展に目をつけることで、一時下火になっていたコヒーレント光通信を実用化にまでつなげました。30年の時を超えての実用化には感慨深いものがあります。このような経緯を経ての受賞ですが、菊池先生が挨拶で、“もうひと花咲かせたい“とおっしゃっていたのが印象的でした。中沢先生が、長くいろいろな研究開発を進めてきた中で、“今が一番面白い“とおっしゃっていたことも、先生のこれまでのご苦労を垣間見ているだけに、大変印象に残りました。  

バプニック博士がSVM理論を提唱したのが1995年です。こちらも20年近い時を経て、真に世の中の進展を支える技術として広く世界で使われ、課題解決に貢献しています。バプニック博士は、NECの北米研究所のフェローでもあります。NECの北米研究所でもSVMをベースとした機械学習の研究が継続して続けられており、ユニークな成果も多数出ています。今回受賞のどちらの技術にも脈々とした研究開発の歴史があり、結果的にはそれが強みとなり、世の中への貢献につながっているのだと思います。技術の系譜と言っても良いでしょう。大きな成果につながる研究開発には一定の時間がかかります。こういった脈々とした活動を含め、世の中の変革の核となった技術についてC&C賞が継続して顕彰し続けることが望まれます。私も審査委員の立場で引き続きしっかりした貢献をしなければと、思いを新たにした表彰式典になりました。