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公益財団法人 NEC C&C財団

 

2013年度C&C賞受賞者

Group A

菊池 和朗 教授

菊池 和朗 博士
Dr. Kazuro Kikuchi

東京大学 大学院工学研究科電気系工学専攻 教授

中沢 正隆 教授

中沢 正隆 博士
Dr. Masataka Nakazawa

東北大学 電気通信研究所 教授
同 国際高等研究教育機構長、
同 電気通信研究機構長 


業績記

コヒーレント光ファイバ通信システムの高度化に関わる先駆的・先導的貢献 

業績記補足

広帯域な光ファイバアンプ(EDFA)を用いた波長多重伝送技術は、1990年代中盤以降急速に進展し、10~40 Gbpsの伝送速度で100波に至る波長多重を行うことにより、1本の光ファイバ中にT bpsレベルの大容量信号を数千~1万kmまで伝送することに成功しました。そして2000年以降、幹線系伝送システムとして実用化され広く普及しています。しかし、年率約40%で増加する情報通信容量の要求には依然として新たなブレークスルーが必要であり、伝送速度を40~100Gbps以上にあげるべく、様々な工夫が2003年頃から提案されるに至りました。技術的には、①EDFAの限られた帯域内での周波数利用効率の向上、②光ファイバの波長分散、偏波モード分散の補償等が重要な課題です。これらの解決手段として研究開発が進められたのが、QPSKやQAM等の多値デジタルコヒーレント伝送方式の導入です。菊池・中沢の両教授は、この大容量長距離伝送の根幹をなす技術に関して極めて先駆的・先導的な功績をあげてきています。  

菊池博士は、1980年頃に故大越孝敬教授と共に、アナログのコヒーレント光ファイバ通信方式を提案した経緯があります。当時、EDFAの出現で、その研究は下火となりましたが、その後も研究を継続しました。その結果、上記①、②の課題に対して、QPSK等の多値変調波をデジタルコヒーレント技術で復調することが有効であることを見出し、世界に先んじて2004年頃から学会等で提案と研究成果の報告を進めてきました。この方式では、信号光と受信側局部発振光の波長をほぼ同一にして受信する偏波・位相ダイバーシティホモダインダイン方式の受信器を用いています。この受信器からの電気信号は、AD変換器でディジタル信号に変換された後、DSP回路でディジタル信号処理されることにより、波長分散、偏波分散の影響が除去され、元の信号に復調されます。同氏は、2005年春には、40Gbpsで当時最高周波数利用効率の2.5bit/s/Hzを実現し、本方式の有効性を示しました。以降、40G-16QAM伝送実験(2009年)等を通して、様々な有効性を実証しています。  

この方式の課題のひとつは、高速なディジタル信号処理を行うDSP回路の実現にあり、40~100Gbpsの速度を扱える集積回路の実現は、当初困難と思われていました。 しかし、2008年にカナダの通信機メーカが最初にLSI化装置を実現し、画期的な分散補償効果を実証して業界に大きなインパクトを与えて以降、各所で急速に開発が進められました。そして、現在では40~100Gbps波長多重長距離大容量伝送の主流となっています。  

菊池博士は開発初期からの方式提案者であり、実験的な実証はもとより、理論的背景の確立、光の特性を利用した独創的な提案を数々行ってきており、この技術領域の中心的な存在として活躍を続けています。  

一方、中沢博士は、光のコヒーレント多値伝送に関する研究において極めて顕著な業績を上げています。特にQAM光伝送技術に関しては2006年に世界で初めて提案し、最近ではその多値度を1024値まで増加させることにより、光の位相と振幅を最大限に生かした伝送実験に成功しています。具体的には先ず2001年からアセチレン分子を周波数基準とした波長1.5μmの周波数安定化-狭線幅Erファイバレーザを開発して送信光源、局部発信光源として用いています。その後、独自の中間周波数安定化回路(光PLL)ならびにIQ変調器によるQAM変調を提案し、コヒーレントQAM光伝送システム系を世界で初めて構築しました。そして64~128値(2006年)、256~512(2010~2011年)、さらに1024値(2012年)までのQAM光伝送を実現しています。これらの実験により従来1bit/s/Hz以下であった光通信の周波数利用効率を14 bit/s/Hzというシャノンの理論限界に近いところまで高めることに成功しています。実用化までにはまだ時間が必要と思われますが、先駆的でかつ他の追随を許さない一群の成果は光通信の将来を極めて明るいものにしました。その一方でこのようなコヒーレント伝送の礎となる半導体レーザ励起の小型EDFAの研究開発に1989年に成功し、更にそのEDFAを用いて従来実現が難しいといわれていたソリトン伝送にも成功しています。  

最近では、中沢博士はこの超多値コヒーレント伝送技術を中心に、マルチコアファイバならびに無線のMIMO技術を用いたマルチモードファイバ伝送と組み合わせることにより、新たなる光通信ハードウェアのパラダイムシフトの重要性を世界にアピールし、それらの技術を唱導してきています。  

多値デジタルコヒーレント伝送方式は、無線通信技術にそのお手本が有りますが、送信光源や局部発信光源の特性、光ファイバの特性など光通信特有の課題が解決されつつあり、今や無線の技術を凌駕するほどの性能を実証しつつあります。特に、位相・偏波ダイバーシティ光回路とDSPの組み合わせ、高速のディジタル信号処理アルゴリズム、狭線幅光源と中間周波安定化回路等々、適応技術の開発と選択を含めて、新技術の有効性を先頭に立って提案・実証してきた両教授の慧眼と成果はC&C賞にふさわしいものと考えます。