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公益財団法人 NEC C&C財団

 

2016年度C&C賞受賞者

グループB

ジェフリー E. ヒントン 教授

ジェフリー E. ヒントン 教授
Prof. Geoffrey E. Hinton

トロント大学 名誉教授
グーグル ディスティングイッシュド リサーチャー


業績記

ニューラルネットワーク領域における研究ならびにディープラーニング技術の先駆的開発に関わる卓越した貢献

業績説明

人工知能(AI: Artificial Intelligence)は、コンピュータを使用し学習・推論・判断などの人間と同様の知能のはたらきを実現する技術であり、1950年代半ばから研究が始まり、産業分野への応用が大きく期待されてきました。人工知能へのニューラルネットワークのアプローチは、脳が情報処理を行う仕組みに着想を得たもので、1960年代と1980年代に研究のブームを迎えましたが、当時のコンピュータ性能の限界や利用可能なデータの限界、技術的な問題により、実社会で広く実用化されるには至らず、研究のブームと冬の時代と言われる時期を繰り返してきました。  

Geoffrey E. Hinton教授は、ニューラルネットワークの技術の確立に貢献した第一人者であり、教授が開発したディープラーニング(Deep learning)は、機械学習分野のブレークスルーとなり、機械学習技術の産業分野への実用化を加速し、現在の人工知能の発展の牽引役となっています。教授のディープラーニングに関する研究は、音声認識技術とコンピュータビジョンの分野に多大なインパクトを与え、音声認識、画像解析、医療診断、コンピュータゲーム、車両安全性の向上などの産業技術分野の進歩を加速し、機械学習並びにその応用分野に革命をもたらしています。  

ニューラルネットワークは脳の神経回路の構造を模した計算モデルを使用する技術ですが、Hinton教授は、1980年代の第2次AIブームの時代から、ニューラルネットワークに関して数多くの業績を残してきました。  まず1983年に、Terry Sejnowski教授と共著で、確率的に動作するニューラルネットワークの一種であり、複雑な内部表現(特徴抽出のためのデータ)を生成するシンプルな局所学習法を持つボルツマンマシン(Boltzmann Machine)を提案しています。これは、ニューラルネットワークに自身の特徴検出器の生成を可能にするものでした。また1985年には、David Rumelhart教授とRonald Williams教授と共に多層ニューラルネットワークの学習法として、誤差逆伝搬法(Backpropagation algorithm)が有効であることを実証し、第2次AIブームを主導しました。  

Hinton教授とSejnowski教授により最初に提案されたボルツマンマシンの学習方式は、膨大な計算時間を必要としましたが、Hinton教授は2002年にネットワークの接続に一定の制約を持つボルツマンマシンに対しコントラスティブ・ダイバージェンス(Contrastive divergence)法という効率的な学習方式を発見し、この問題を克服しました。制約方式は、1986年にPaul Smolensky教授により最初に提案されたものですが、効率的な新しい学習方式と併せ、制限ボルツマンマシン(RBM: Restricted Boltzmann Machine)として広く使用されるようになりました。  

2006年にサイエンス誌に掲載した著名な論文において、Hinton教授らはRBMを積み重ね、各RBMがその一つ前のRBMで学習された表現を自身の入力データとして扱う事が出来る事を示しました。これにより、多層化したネットワークにおいて教師ありデータを必要とせずに、深い多層ニューラルネットワークを一層ずつ事前学習する事を可能とし、密なグラフィカルモデルの効率的な推論方法を発見するという長年の課題を解決しました。2009年には、積層RBMにより音声認識において劇的な性能向上を実現しディープラーニングの時代の先導役となりました。  

2012年には、物体の画像の認識率を競うコンペティションであるImageNet Large Scale Visual Recognition Challenge (ILSVRC)において、Hinton教授のチームが、深層畳み込みニューラルネットワーク(Deep convolutional neural network)により、他チームが達成した最良のエラー率25%を大きく低減する15%のエラー率を達成し、機械学習の研究者に大きな衝撃を与えました。この実証を契機に、物体認識において、ディープラーニングが従来手法から飛躍的な進歩を実現する革新的な技術であることが広く認識され、多くの研究者や企業がディープラーニングとその産業応用の研究を本格化しました。  

ディープラーニングは、多層のニューロンを使用する事で、ニューラルネットワークに対して複雑な特徴の階層構造の抽出を可能にし、正確でロバストなパターン認識を大幅に容易化するものです。基本的な概念や技術は1980年代から知られていましたが、産業的な成功を実現するには3つの要因が必要でした。一つ目の要因は、ReLU(Rectified Linear Unit)と呼ばれる活性化関数とドロップアウト正則化などのHinton教授が導入した技術を含む、ニューロンの形式とその学習方式の進歩であり、二つ目の要因は、学習に使用可能なデータの量の大幅な増加になります。三つ目の最も重要な要因は、コンピュータ性能の爆発的な向上であり、これによりかつてない大規模なニューラルネットワークによりかつてない大量のデータを処理する事が可能になりました。これらの3つの要因の結果として、ディープラーニングは音声認識や画像診断の分野で広く利用され、動画認識や機械翻訳、薬剤設計、ヘルスケア、ロボティクス等の産業応用分野にも急速に利用が広がっています。  

ディープラーニングは、従来のアプローチでは不可能とされていた、学習の認識過程で必要とされる特徴量をコンピュータ自身が自動的に抽出する事が可能である事を示しており、現在、ニューラルネットワークは単語や文章全体の意味を表現する方法を学習する事も可能になっています。これはまさに革命的であり、物事の特徴を概念化し直感的な推論にこれらの概念化を使用する事を含めた人間の思考過程を模擬する事を可能にするものです。  

人工知能に対するニューラルネットワークのアプローチは、現在、1960 年代と1980 年代に続く3 回目の研究ブームが到来していますが、強力なディープラーニングのアルゴリズムと、ビッグデータ処理技術の進歩、コンピュータ処理性能の飛躍的な向上により、人工知能がこれまで不可能だった課題に対応可能な段階となり、その本格的な普及期の入り口に立ったとも言えます。人工知能は、効率的で高度なサービスの提供や複雑化する社会課題の解決に必須となる基盤技術であり、今後、あらゆる産業分野を通じて社会の活性化につながる大きな可能性を持った技術に発展するものと考えられます。  

以上のように、Hinton教授のニューラルネットワークに関する研究は、人工知能の分野に革命をもたらし、その先駆的・主導的な取り組みは、情報通信技術のみならず社会経済や産業の発展において多大な貢献を果たすものであり、C&C賞に相応しい業績と言えます。