2015年度C&C賞受賞者
グループB
![]() マーティン・カサド 博士 ヴイエムウェア フェロー、シニアバイスプレジデント |
![]() ニック・マッケオン 教授 スタンフォード大学 教授 |
![]() スコット・シェンカー 教授 カリフォルニア大学バークレイ校 教授 |
業績記
ネットワーク技術を進化させた先駆的研究と Software-Defined Networking の開発推進における卓越した貢献
業績説明
今やあらゆる社会活動の根幹となったICT(情報通信技術)には、社会的要請として、その利用環境の変化や要望に迅速に対応する柔軟性や効率性が求められています。サーバは、仮想化技術の導入でそれらを著しく向上させましたが、現状のネットワークでは機能を担う通信装置に物理的な制約が大きく、向上の障害にもなっています。SDN (Software-Defined Networking)とはデータ転送と経路制御の分離によってその制約を解放し、ソフトウェアによってネットワーク全体の振る舞いを制御する技術やコンセプトの総称です。OpenFlowはその実現のための重要な構成技術として、外部のソフトウェアが通信機器をプログラムするためのインタフェースとして定義され、開発されてきました。今日、SDNはデータセンタやキャリアネットワークの上記諸課題を解決可能な基盤技術となりました。以上の機能を利用することで、サーバが多数収容される大規模データセンタにおける低コストで効率的なインフラ運用などへの適用を皮切りに、多様で膨大なデータを安全かつ安定的に流通させるIoT時代のネットワークに向けた、社会インフラへの変革が始まっています。
マーティン・カサド博士、ニック・マッケオン教授、スコット・シェンカー教授の3名はSDNの提唱者かつ、OpenFlowの発明者で、チームとして社会的普及に向け多面的な尽力をし、社会的認知と実用化を推進してきた技術貢献の代表者でもあります。
インターネットは、個々の通信機器が互いに制御情報をプロトコルに従って交換し合うことで動作する分散型のネットワークで、制御機能の変更や拡張には、新プロトコルの設計に加え、全ての通信ノードの新プロトコルへの変更対応が必要となります。そのため新機能の実現には、技術的な課題の克服に加え、標準化、実装と実証などに時間を要し、技術革新の妨げにもなっています。この課題解決に対し、ネットワークをプログラマブルにする試みも以前存在しましたが、プログラム可能なレベル(抽象度)が不適切などの理由から成功しませんでした。
受賞者チームはこの問題を、ネットワーク制御の適切な抽象化の欠如であると捉え、まず、あらゆる通信ノードが持つフローテーブルを基底とした抽象化を行い、通信ノードを外部から制御可能にしました。さらに、外部のプログラムについても、制御抽象化する階層を明確に定義し、ソフトウェアでネットワーク全体を自在に制御可能とするSDNのコンセプトを提唱しました。以上に基づき、様々なオープンソースのプラットフォームやツールを開発すると共に、研究初期からアカデミア、機器ベンダ、通信キャリア、サービスプロバイダを巻き込んだエコシステムを育成、運営し、実用化と普及に成功しました。
マーティン・カサド博士は、スタンフォード大学在学時にネットワークセキュリティの課題に取り組む中で、Ethaneと呼ぶ、フローベースのイーサネットスイッチを外部から集中制御するモデルを提唱しました。後にこのモデルを一般化し、スイッチの振る舞いをプログラムするインタフェースであるOpenFlowと、多様な制御アプリケーションを実行する基盤ソフトウェアを開発し、今日のSDNの基本コンセプトを作り上げました。また、ハードウェアを中心に機能実現がなされてきた通信機器に対し、それをソフトウェアで制御するというパラダイムシフトを起こすため、SDNの研究開発やオープンソースコミュニティを牽引して、標準化や固有技術開発に多大な貢献をしました。2007年には他の受賞者とともにEthaneをベースに商業化を企図したNicira Networks社を起業してCTOを務め、OpenFlow関連の製品化を自ら行い、SDNの社会的普及への道を拓きました。
ニック・マッケオン教授は、カサド博士のスタンフォード大学での研究指導者です。教授はSDNの持つ大きな可能性を、研究活動、実証システムの開発、そしてデモンストレーションを通じて世界に示すと共に、OpenFlowスイッチコンソーシアムやSDNの研究コミュニティを設立して標準化やソフトウェア開発し、さらには将来ネットワーク構想づくりなどに対しリーダシップを発揮して推進してきました。一連の活動に賛同するクラウドやネットワーク関連の企業とともに2011年に組織したOpen Networking Foundation (ONF)では、ボードメンバーとしてSDNの発展と普及にも大いに尽力しています。個人的にも、教授の長年の高速スイッチやルーターの研究成果を基盤として、装置及びハードウェア側に立った研究を行い、OpenFlowスイッチやその制御方式、さらにはSDNの全体アーキテクチャ設計などにも大きく貢献しています。
スコット・シェンカー教授は、他の受賞者とともにSDNやOpenFlowのコンセプトづくりから、普及に至るまで数多くの局面で貢献しています。特に教授はSDNの本質を、これまでのネットワークには欠けていた、制御する抽象化階層の構築にあると捉えました。そして、SDNのアーキテクチャ設計とオペレーティングシステムや仮想化の研究開発を先導して制御に必要な抽象化階層を明確とし、それを実現するSDNのアーキテクチャとして示しました。加えて教授は、マッケオン教授らとともに、OpenFlowスイッチコンソーシアムやONFの組織化や標準化活動においても中心的な役割を果たしています。Nicira Networks社起業時には社長として組織を率い、2012年には他の受賞者などとともにOpenFlowの仮想化プラットフォーム(Nicira Network Virtualization Platform)を実現するなど、その後のSDNの発展の礎を主としてソフトウェアの面から築いています。
受賞者3名は、クラウドやビッグデータなど近年の高度で大規模なICT利活用の局面において、既存のネットワークが抱える柔軟性、拡張性、利用効率などの諸課題を解決する基盤技術として、SDNを提唱しました。そしてそれら技術に係る標準化やそれを実装するオープンソースのコミュニティ活動を先導し、SDNの発展と普及を推進してきました。以上の展開を踏まえれば、既存のIPネットワークの限界を打破するICTインフライノベーションとして達成してきたこの一連の業績は、C&C賞に相応しいものと考えられます。