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公益財団法人 NEC C&C財団

 

2017年度C&C賞受賞者

Group A

川人 光男 博士

川人 光男 博士
Dr. Mitsuo Kawato

株式会社 国際電気通信基礎技術研究所 脳情報通信総合研究所 所長
ATRフェロー


業績記

脳科学と人工知能、及び情報工学の高度な融合による先進的研究開発並びにその精神医学への革新的応用に関わる貢献

業績説明

 脳の構造や機能を解明する神経科学の研究は過去半世紀以上にわたり目覚ましい進歩を遂げてきました。その一方で、脳内での情報表現や、情報処理過程などの理解については、今日でも重要な研究課題となっています。脳内の情報処理様式が解明できれば、注意や意識に基づく情報処理、器用な運動制御、そして自然言語処理などの高度な認知プロセスが明らかになり、脳と同一の原理に基づく人工的な機械やコンピュータプログラムを実現する計算論的神経科学分野の研究進展につながります。そして将来的には、精神医学、脳科学と情報工学の革新的な融合によって、大きな社会課題である高齢者の認知機能の維持と回復や、精神疾患の診断と治療における精密医療・個別化医療の実現などへの発展が期待されます。 

川人光男博士は、脳の仕組みにおける運動指令生成と運動学習の機構や視覚の階層処理機構等を、計算理論によって解明し、非侵襲で脳活動を計測してその知見をロボットの制御に応用するなど、独創的なブレインマシンインタフェース(BMI)の技術開発を長年先導してきました。それらの研究開発は脳科学、情報工学、ロボティクスの分野融合とその発展に貢献し、医療や福祉、情報通信などへの応用が図られてきています。今日、BMIは人の意志によるロボットやコンピュータの制御といった面に留まらず、疾患や事故などで損なわれた人の運動機能や認知機能を回復し治療する新しい手法としても期待が高まっています。さらに博士らは、それら一連の成果の新たな応用をめざし、脳科学と人工知能の融合による精神疾患の診断と治療に取り組み、脳科学による精神疾患の再定義に基づく革新的な治療法を開発しています。 

博士は、脳科学の基礎分野の一つである計算論的神経科学の第一人者として、多くの革新的な研究成果を挙げています。人間型ロボットをテストベッドとして実証した小脳内部モデル理論や視覚の双方向性理論といった研究成果は良く知られています。2009年には、頭皮上の電位変化を計測する脳波計と血流変化を測定する近赤外光脳計測装置の併用による高精度な情報抽出技術の開発に成功しました。これを脳外部から脳情報を検出してロボットを動作させるBMI技術に応用することによって、思考によって機器を動作させるという革新技術を開発し実証したことは、世界中に大きな影響を与えました。 

一方、博士はBMI技術のもつポテンシャルをさらに活用する試みとして、医療や福祉等への展開として損なわれた機能等の回復や治療への応用をめざし、リハビリテーションのための外骨格ロボットによる運動支援や体の不自由な人々が脳活動でコンピュータを制御する研究開発などにも、成果を挙げてきました。それに加え、近年では脳科学と人工知能の融合による精神疾患の新たな診断法や治療法の開発にも取り組んでいます。 

うつ病などの精神疾患の治療においては、現在は症候のみに頼る診断と治療体系が用いられます。これが、新たな治療法や革新的な薬物などの開発を難しいものとしている原因であると言われます。一方で、画像診断や遺伝情報などの生物学的次元を用いて、疾患を再定義する研究プログラムが米国で10年ほど前から進められていますが、現行の保険医療制度などに混乱をきたす懸念等もあり、実用化は遠いと考えられてきました。この状況を鑑み、2008年より博士らは新たな診断と治療法の開発を目指し、従来の診断と治療体系に対し適合性が高くて調和する、脳科学に基づく研究開発プログラムを開始しました。まず国内9の大学等と連携して2,200人規模の多数の精神疾患の患者脳活動データベースを世界に先駆け構築しました。次に、脳を解剖学的に分割してその機能結合を調べ、少数の患者サンプルでも動作する、スパースネスとデータ取得の擾乱要因のモデルを組み込んだ独自の人工知能機械学習アルゴリズムを開発しました。その結果、世界で初めて、うつ病や自閉症などについて完全な独立検証コホートに汎化する分類器を構築し、脳科学に基づく精神疾患の再定義への第一歩を踏み出しました。さらに博士らは、機能的磁気共鳴画像(fMRI)デコーデッドニューロフィードバックや機能的結合ニューロフィードバック等を用いた脳回路の制御実験手法を開発し、異常と推定される機能回路を修正するといった、革新的な治療法の創出にも成功しています。その結果、薬物での治療も存在しないか効果が弱く、これまで有効な治療法がなかった複数の精神疾患に対する新たな治療法の開発にも道を拓きました。 

以上のように、博士は脳情報処理機構の解明のための脳科学と情報工学の融合研究を推進する中で得られた数多くの知見をもとに、新たに人工知能技術との融合によって、計算論的神経科学の精神医学分野への展開を図ってきました。そして、脳の回路を分類する機能的磁気共鳴画像(fMRI)診断法と、診断と対になったfMRIニューロフィードバック治療法といった革新的手法も開発してきました。その結果、薬物では治癒しない患者を治療するなど、精神医学を精密医療と個別化医療に変革させる道筋を示すことができました。論文総引用数が30,000を超えるといった、川人博士への世界的な注目と実績を見れば、博士は脳科学、情報工学そして人工知能の融合と発展を牽引する第一人者であり、BMIに係る技術を基礎とする情報処理技術をもとに世界が抱える難解な社会課題の解決に挑戦する先駆者として、その業績はC&C賞にふさわしいものと考えます。