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公益財団法人 NEC C&C財団

 

2018年度C&C賞受賞者

グループB

チン W. タン 教授

チン W. タン 教授
Prof. Ching W. Tang

ロチェスター大学 名誉教授
香港科技大学 教授



業績記

有機エレクトロニクス産業の発展に寄与する薄膜有機ELデバイスの発見とその先駆的開発

業績説明

今日の情報通信社会では、人と社会システムをつなぐインタフェース技術の進化がその発展を支えています。特に、モバイルインターネットの拡大とともに世界中の人々の生活を支えるキーデバイスとなったスマートフォンなどの小型情報端末においては、フラットパネルディスプレイ(FPD:Flat panel Display)がインタフェースとして極めて重要な役割を果たしています。FPDの分野では、液晶ディスプレイ(LCD:Liquid Crystal Display)が長らく市場を先導してきましたが、近年新たなデバイスとして有機EL(Organic Electro-Luminescence)を原理とする表示デバイスである有機発光ダイオード(OLED: Organic Light-Emitting Diodes)が注目されています。OLEDは薄さや形状、柔軟性、面発光といったデザイン性や、低電圧駆動といった携帯性に優れる特徴をもち、画質面でも高コントラスト、高速度応答、広視野角といったLCDに対する優位性があります。小型の情報端末の分野でOLEDは既に大きな市場シェアを獲得していますが、今後はテレビ等の大型端末においても普及が進むことが予想されます。さらに将来を展望すれば、そのさまざまな特徴を活かした斬新な端末は、革新的な情報インタフェースとして情報通信社会や人々の暮らしを豊かにし、変革していくことが期待されます。  

チン W. タン教授は、Eastman Kodak社に在籍した1970年代から有機ELのもつ可能性に着目し、その高輝度化、高効率化を検討し続けた結果、1987年に同社の同僚であったSteven Van Slykeとの共同で、有機EL分野のブレークスルーと言える論文 ” Organic electroluminescent diodes” を発表しました。本論文では異なる性質をもつ二層の有機材料を極めて薄い膜で形成し、それを画期的な電極材料と組み合わせた新たな有機ELの構造が報告されました。その革新的なデバイスはOLEDと呼ばれ、実用に足る極めて高い輝度と優れた効率を世界で初めて実現しました。本構造の発表は、その後の有機EL分野の研究加速と産業発展のきっかけとなりました。  

有機ELの発光は、一般に絶縁物と考えられる有機材料に電界を印加することで注入されたホールと電子が材料内で再結合し、その結果エネルギーを放出する電界発光と呼ばれる現象です。1953年のAndre Bernanoseによる色素含有有機薄膜における発光の発見以降、世界中の研究者によって多種多様な方法を用いた電界発光の高輝度化と高効率化が試みられましたが、1980年代半ばまで長らく顕著な成果は得られませんでした。当時の主たる課題は、安定かつ効率的に電子の注入が行える有機材料と電極材料が見つからなかったこと、そして電界印加時の有機薄膜が不安定であり、容易に絶縁破壊などの障害が起こることでした。  

以上の難題に対し、タン教授らは以下の革新的な技術の組み合わせによって課題の解決を図りました。第一に、電子輸送性の高い蛍光体発光材料に対しホールの輸送材料をヘテロ接合する二層薄膜構造をとることによって、発光とキャリア輸送の機能を分離することを発想し、その構造を実現しました。第二に、有機薄膜の不安定性の原因であった多結晶的な膜質を非晶質的な膜質とすることで安定性を向上させました。第三に、高電界を得るために100nmオーダの高品質な超薄膜有機層を作成することに成功しました。そして第四には、電子注入に有利ではあるものの仕事関数が低く大気中で不安定だったマグネシウム電極に改良を加え、銀を少量合金化させることで安定かつ有機物との密着性の高い優れた陰極として形成したことです。以上のような工夫が加えられた機能分離型の積層有機薄膜デバイスは、僅か10V以下の電圧で1000カンデラ/平方メートル以上という今日の製品にも匹敵する光度を外部量子効率1%以上という高効率な条件で実現し、世界中の研究者に驚きとインパクトを与えました。この報告は有機ELの可能性を世界に知らしめ、1990年代になると有機ELに関する研究は世界的に活性化しました。その結果、例えば遷移重金属を用いた燐光材料による高い発光効率の実現などといった、有機EL分野の応用製品や有機エレクトロニクス産業の発展に繋がる成果がタン教授らのブレークスルーの発表後に生まれています。  

タン教授の長年にわたる有機エレクトロニクス、とりわけOLEDに関する研究は、高輝度で高効率な機能分離型の積層薄膜構造の発見として結実し、それは今日のディスプレイ産業界における最も重要な技術的貢献の一つとして受け継がれています。1990年代後半にはOLEDの実用化が始まりましたが、携帯端末の表示装置としては今やLCDをしのぐ主流製品になりつつあります。さらに、OLEDの応用として2000年代後半からはテレビが製品化されましたが、今後も市場のさらなる拡大が期待されています。一方、OLEDはその優れた画質やデザイン性などに加え、低消費電力である特徴も併せ持ち、人と情報通信社会とをつなぐ環境負荷の小さなインタフェースデバイスとしても重要な役割を果たしています。以上のような状況を踏まえれば、C&Cすなわち情報通信社会の持続的成長にとっても各種情報端末や表示装置の主要要素であるOLEDは極めて重要であり、その発見と開発の先駆者として世界中に影響を与えたタン教授の業績はC&C賞の受賞者としてふさわしいものと考えます。