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公益財団法人 NEC C&C財団

 

2022年度C&C賞受賞者

グループA

松岡聡博士

松岡 聡 博士
Dr. Satoshi Matsuoka

理化学研究所 計算科学研究センター センター長
東京工業大学 特任教授




業績記

省電力かつ汎用な超高性能スーパーコンピューターシステムの先導的研究開発への貢献

業績説明

スーパーコンピューターは、様々な科学技術分野、設計・製造からスマート都市に至るまで、現代社会のあらゆる分野のイノベーションに必須のツールです。理論、実験に次ぐ第三の科学と言われる計算科学(シミュレーション)にスーパーコンピューターは不可欠です。そして、第四の科学「データ科学」でも膨大なデータ処理に高性能な計算機が求められ、イノベーションの原動力となるスーパーコンピューターの開発競争が世界中で続いています。 

松岡博士は、キャリアを通じて超並列型のスーパーコンピューターに関する様々な分野で研究開発を行い、特にそれらの成果を活かして、汎用CPUと世界に先駆けて導入したGPU (Graphics Processing Unit)を用いたハイブリッドアーキテクチャのスーパーコンピューターTSUBAMEシリーズを実現し、世界の各種スーパーコンピューター演算性能ランキングのトップランクに何回も入るとともに、省エネ性能ではトップを獲得しました。TSUBAMEにおけるアプリケーションの実現にも取り組み、実アプリケーション性能を重視した設計とソフトウェアシステムを充実させ、「みんなのスーパーコンピューター」として産学共同利用サービスを提供しました。スーパーコンピューター「富岳」の研究開発にも初期から関わり、その実現に技術的に貢献するとともに、その革新的利用にも取り組み、COVID-19ウイルス飛沫感染シミュレーションなど多数の成果創出に貢献しています。  

松岡博士は、1993年に東京大学の助手となり、富士通AP1000などの初期の超並列型のスーパーコンピューターのシステムソフトウェアやその利用に関し、多くの成果を挙げました。続いて、1996年、東京工業大学 情報理工学研究科 助教授となり、グリッド(grid)およびクラスタ(cluster)計算機の研究に取り組みます。1998年から2001年にかけて、大規模PCクラスタPresto Ⅰ、Ⅱ、Ⅲを構築します。480個の汎用CPUで構成したPresto Ⅲは716.1GFLOPSを達成、2002年6月のスーパーコンピューター性能ランキングTOP500で47位にランクされ、大学の研究室で大規模かつ高性能な計算機を安価に作成できることを示しました。また、応用数理の研究者らと共同研究を行い、それらの計算機で今まで解くことができなかった大規模問題を解けることを示すのに貢献しました。  

2001年、松岡博士は東京工業大学 学術国際情報センター 教授となり、大学の計算センターの実用機を開発する立場となります。2002年から2006年にかけて構築した「東京工業大学キャンパスグリッド」は、約650ノードで2.5TFlopsの性能まで発展して利用が拡大し、大成功します。そして、グリッド型のクラスタであるTSUBAME (Tokyo-tech Supercomputer and UBiquitously Accessible Mass-storage Environment)を開発します。このシステムは、汎用のデュアルコアCPUを8台搭載したサーバをクラスタ状に655台接続、LINPACKベンチマークで38.1TFLOPSをマークし、2006年6月のTOP500で世界7位、日本ではトップにランクされました。さらなる性能向上を目指し、高いピーク性能とメモリバンド幅を有するGPUに着目、4個のGPUを搭載した170個のノードをTSUBAMEシステムと合体させたTSUBAME 1.2は、2008年11月にLinpack性能77.48TFLOPSを記録しました。これだけ大規模にGPUを導入したスーパーコンピューターは実運用スーパーコンピューターとしては世界初でした。  

TSUBAME1.2は同時に、実アプリケーション性能における既存のクラスタ型の計算機の問題点も多く浮き彫りにしました。松岡博士は、それらを解決し、高いアプリケーション性能を発揮するべくTSUMABE 2.0を開発しました。2個のCPUと3個のGPUを搭載し、かつ、演算速度の激増に呼応してノード内外の接続バンド幅を実現可能な最大限まで高めたハイブリッドアーキテクチャの計算ノードを1408個と、大容量メモリを搭載した計算ノードを34個で構成したTSUBAME 2.0は、演算性能の大部分をGPUが占め、かつ、365日・24時間実用に供した世界初のスーパーコンピューターです。Linpackの演算性能は1.192PFLOPSに達し、TOP500で世界4位、スーパーコンピューターの電力効率を競うランキングGreen500で3位にランクインし、実運用スーパーコンピューターでは実質世界一の称号を得ました。以来、世界中でGPUを採用したスーパーコンピューターが開発されるようになり、松岡博士はGPGPU(General-Purpose computing on GPU、GPUの演算資源を画像処理以外の目的に応用する技術のこと)のパイオニアと認められ、スーパーコンピューター界の最高峰のキャリア賞であるIEEE-CS Sidney Fernbach賞を日本人では初めて受賞しています。  

TSUBAME2.0によって、さらに電力効率の重要性を認識した松岡博士は、スーパーコンピューターの更なる省エネ化を目標に、液浸冷却技術を導入したテストシステムTSUBAME-KFC (Kepler Fluid Cooling)を構築しました。冷却電力を液浸技術により大幅に削減し、さらに様々な電力最適化を行うことで、2013年11月から2回連続でGreen500世界 1位を獲得しています。  

それらの成果をもとに、次に開発したTSUBAME 3.0は最新GPUと最適化したシステム冷却の採用により、電力性能が14.1GFLOPS/Wに達し、実運用機として初めて2017年6月にGreen 500 1位を獲得しました。ちなみに、この時のGreen500のトップ10の内、9台がGPUを採用したスーパーコンピューターでした。TSUBAME 3.0の冷却にかかる消費電力は、運用全体の3%程度と、他のスーパーコンピューターの10分の1程度に抑えられ、実用機としてきわめて省エネ性能に優れています。540台の計算ノードのそれぞれに2個のCPUと4個のGPUを搭載し、理論演算性能は倍精度で12.15PFLOPS、単精度で24.3PFLOPS、半精度で47.2PFLOPSと人工知能(AI)やビッグデータ処理で求められる精度においても、国内トップクラスの性能を実現しました。また、ノード内外の帯域は性能向上とともにさらに進化し、マシン内でどこにデータがあっても、高速にかつ透過にアクセスできるような仕組みとして、データ科学・ビッグデータやAI処理の高速化に寄与するとともに、昨今のIDCで話題となっているdisaggregated architectureの先鞭をつけたともいえます。 

松岡博士は、スーパーコンピューターのシステムソフトウェア及び性能最適化の研究にも数多く取り組みました。GPUのスーパーコンピューターへの適用に関する種々のアルゴリズム・フレームワーク、大規模スーパーコンピューターのソフトウェアによる省エネルギー化や耐故障性の実現、GPUやFPGAなど異機種混合の演算ユニットを備えた計算機で動作するアプリケーションに対する性能モデリングやそれに基づく自動チューニング、ビッグデータ処理のスーパーコンピューターによる劇的な性能向上のための種々の離散アルゴリズムやソフトウエアフレームワーク、さらには大規模深層学習の適切な性能モデリングや、種々の新たなアルゴリズムやそれを実現するフレームワークによる大幅な学習のスケール化・高速化など、多くのパイオニア的成果を発表してきました。また、それらを単に論文レベルで終わらせるのではなく、その成果を次々とTSUBAMEや他のスーパーコンピューター上で実現し、普及に努めました。これらの業績に対して、2018年、日本人で初めてACM HPDC Achievement賞を受賞しています。  

松岡博士は、アプリケーションや運用レベルでのTSUBAMEの改善にも取り組み、「みんなのスーパーコンピューター」として、大学の大規模スーパーコンピューターとしては日本ではじめて産学に本格的共同利用サービスを提供しました。これによって学内のみならず、数多くの大学、研究機関、民間企業が共同してプロジェクトを設立・利用し、多くの成果を出しています。また、TSUBAME 3.0は、仮想化など多くのクラウド技術を取り入れ、わが国最高峰のサイエンスクラウドとしての役割も果たしています。 

2018年、松岡博士は理化学研究所 計算科学研究センター センター長に就任、スーパーコンピューター「富岳」プロジェクトを率います。富岳のプロジェクトには、2010年の最初の時から様々な形でかかわり、技術的貢献をしてきました。様々な困難をセンターやベンダーを率いる形で乗り越え、最後の要である設計から実際の製造設置を実現するとともに、2020年、COVID-19の諸問題に対応するため、試験運用中の富岳を提供すると決め、ウイルス飛沫感染シミュレーション等の多数の成果創出に貢献しました。飛沫感染シミュレーションには論文の著者の一人としても技術的に貢献し、2021年2度目のACM Gordon Bell Prizeを受賞しました。 

松岡博士はACMやIEEEのコンピューティングに関する多くの国際会議の委員長等を務め、国際的な第一人者として活躍しています。特に、我が国でははじめて、スーパーコンピューターの世界最高峰の会議であるACM/IEEE Supercomputing 2013国際会議のプログラム委員長に就任するとともに、欧州のISC (International Supercomputing Conference)および SC (Supercomputing) Asiaという、世界の主要3地域のスーパーコンピューター主要国際会議のプログラム委員長をすべて務めた唯一の人物でもあります。  

松岡博士は、スーパーコンピューターの構成法とシステムソフトウェアに関する研究に取り組み、世界に先駆けてGPUを取り入れるなど、高性能、低コスト、省電力、かつ、実アプリ性能を重視した使いやすい計算機を志向し、省電力を含む数々の指標で世界のトップランクを獲得したスーパーコンピューターの世界的な第一人者です。「みんなのスーパーコンピューター」として産学に広く開放されたTSUBAMEシリーズの開発や、「富岳」の総責任者としてその最初の研究開発から利活用に至るまで先頭に立って推進するなど、その業績は世界的に顕著であり、C&C賞受賞者としてふさわしいと考えます。